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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)124号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び同二(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1) 取消事由一について

《証拠略》によれば、被告は、「PRINCESS CRUISES」につき商標登録の出願(平成二年商標登録願第七七四〇四号)をしたところ、本件商標を引用された拒絶理由の通知を受けたことが認められる。この事実によれば、被告は、本件審判の請求を行うにつき法律上正当な利害関係を有するものと認められる。

原告は、「Princess Cruise」及び「プリンセス クルーズ」の各商標は、遅くとも被告が上記出願をした平成二年七月九日の時点ではアシックスアルモスの商品を表示する商標として全国的に周知著名となっているため、被告の上記出願は商標法四条一項一〇号により拒絶されることは必至であるから、このような場合には、そもそも被告には本件審判を請求するにつき利害関係はないと判断されるべきであると主張する。しかしながら、上記認定のとおり、被告が本件商標を引用された拒絶理由の通知を受け、本件商標の存在が被告がした上記出願の商標登録の妨げとなっている以上、利害関係の有無の判断に当たり、それ以上に被告の上記出願が他の拒絶理由により拒絶されないことまで要求することはできないと解すべきである(原告の主張を採用することは、被告が行った上記出願が商標法四条一項一〇号に照らして認められるべきか否かの判断を、裁判所が特許庁の判断を経ることなく行うことにつながるものである。)。よって、原告の上記主張は、採用できない。

したがって、原告主張の取消事由一は理由がない。

(2) 取消事由二について

<1>  《証拠略》によれば、請求の原因三(2)<1>(原告のアシックスアルモスに対する本件商標についての通常実施権の設定)及び<2>(アシックスアルモスによる「Princess Cruise」又は「プリンセスクルーズ」の商標の使用)の事実、並びに、アシックスアルモスが「Princess Cruise」又は「プリンセスクルーズ」を商品に付して販売し、又は宣伝パンフレット等に記載するに当たり、平成三年ころまでは別紙3の王冠マークと共に使用する態様が大部分であったが、それ以後は、「Princess Cruise」又は「プリンセスクルーズ」単独で使用していること、本件商標のうち右側の図形部分を使用したことはいずれの時期にもなかったことが認められる。

被告は、証明書(甲第二号証)の問題点や、その基となる契約書(乙第七号証)の問題点、証人井戸根伸一の証言の不十分さ等を指摘する。

確かに、契約書(乙第七号証)の左側下二行の記載の不自然さは被告の主張のとおりであるが、この点も契約書(乙第七号証)の上記部分の付記された時期が平成二年七月一日以降ではないかとの疑問を生じさせるにとどまるものである。そして、前記説示のとおり原告は昭和五二年以降本件商標権を所有しているところ、《証拠略》によれば、アシックスアルモス作成の昭和五六年秋冬物のカタログに原告を意味すると認められる「Wakabayashi studio」の表示がされ、さらに、《証拠略》によれば、原告は、アシックスアルモスの年二回の展示会に必ず出席して、プリンセスクルーズのコンセプト等の説明を行っていたことが認められ、これらの事実によれば、アシックスアルモスが原告の所有する本件商標を使用権の設定を受けて前記のとおり使用していたとの事実は動かし難いというべきであり、被告の呈する種々の疑問は、上記認定を左右するものではない。他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

<2>  次に、本件商標とアシックスアルモスの使用した商標との社会通念上の同一性の点について判断する。

別紙1のとおりの本件商標は、左側に「Princess Cruises」の文字を配し、若干の間隔をおき、上記文字の右側に上記文字中の小文字とほぼ高さを同じくする図案化された風に髪をなびかせた女性の顔の図形を配し、文字部分と図形部分の横幅の比は約四対一になるように構成された、文字と図形との結合からなる商標であると認められる。このように、本件商標は、「Princess Cruises」と図案化された風に髪をなびかせた女性の図形の二つの商標についてそれぞれ商標登録を受けたものではなく、図形部分も本件商標全体の大きさのうち相当部分を占め、文字と図形部分が分かち難く結合したものであり、文字と図形部分から共通の称呼、観念を生ずるものでもないから、そのいずれかを欠落させた、文字あるいは図形部分のみの構成はもはや本件商標と社会通念上同一のものと認めることはできない。これに反する原告の主張は、本件商標における文字と図形という構成部分の異質性を考慮すると、採用できない。

しかるところ、前記認定のとおり、アシックスアルモスの使用形態は、別紙3の王冠マークと共に使用しない場合であっても、「Princess Cruise」又は「プリンセスクルーズ」の形で使用したものであり、本件商標のうち右側の図形部分を付加して使用したことはなかったものである。よって、アシックスアルモスが使用した「Princess Cruise」又は「プリンセスクルーズ」と本件商標とが社会通念上同一であると認めることはできない。

<3>  したがって、「Princess Cruise」又は「プリンセスクルーズ」を商標として使用したとしても、その使用は、本件商標の使用であるということはできない。

よって、原告主張の取消事由二は理由がない。

(3) 取消事由三について

仮に原告が取消事由三で主張する事実がすべて認められるとしても、これらの事実は、商標法五〇条に基づく本件審判請求の認容審決が確定し、本件商標の存在を理由とする、被告のなした前記商標出願に対する拒絶理由が解消された後の審査段階又は無効審判請求段階における商標法四条一項一〇号を理由とする拒絶理由の当否の判断等の中で判断されるべき事項にすぎず、権利の濫用を構成する事実と解することはできない。

したがって、原告主張の取消事由三は、理由がない。

(4) 取消事由四について

商標法五〇条二項ただし書にいう「正当な理由」とは、地震、水害等の不可抗力、放火、破壊等の第三者の故意又は過失による事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由等商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の責めに帰すことができない事由が発生したために使用をすることができなかった場合をいうと解すべきところ、原告が取消事由四で主張する事由がこの正当な理由に当たらないことは明らかである。

したがって、原告主張の取消事由四は理由がない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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